小沢健二を見てきました。
今現在20代の私は、きっと小沢氏のファンの中ではまだピヨピヨのひよっこ。
彼が精力的に活動していた頃はまだコンサートになんて一人で行けなかった。
だから、漠然と「この人の音を生で聞くことは叶わないかもしれない」と覚悟を決めていたのですが、今回このような機会に恵まれ、本当に心から幸せな時間を過ごすことが出来ました。
帰ってきてくれた小沢健二に心からの感謝を。
楽曲への感想なんて「素敵だった」「素晴らしかった」「心のベスト10第一位はこんな曲だった」などしか出て来ないと思うので、憶えている限りの「語り」の部分を書きとめておきます。
私というフィルターを通しての、ぼんやりとした覚書ですので、方向性だけ参考になればと思います。
何せ興奮状態で、一度聞いただけの言葉です。
うろ覚えな部分も多いです。
ただ、参加出来なかった沢山の小沢健二を愛する全ての人に、少しでも彼が作り出していたあの空気が伝わりますように、という思いを込めて。
なお、ツアーへの参加を控えている方は、ネタバレになりますので、目を通さない方が良いかと思います。
これから何が起こるのだろうというどきどき・キラキラする気持ちを大切にしてください。
続きから「ひふみよ・語りの覚書」
【語りその一:大停電・暗闇に聞こえる音楽】
2003年、NYの大停電。
町では道路で休んでいる人たちをみんなが家に招待したりしている。
それぞれ、自分とあいそうな人を探している。
いつもは無視されているホームレスのおっちゃんが活躍する。
あのビルの間は風が来ないから過ごしやすいよとか。
このビルは自家発電だし、水も飲めるから、とか。
おっちゃんたちは町のことをよく知っている。
どうせ腐ってしまうのだからと、お店は肉や野菜などの商品をただで配り始める。
そして、どこの家でも蝋燭が灯され、大勢のための料理が始まる。
暗闇の中では大衆向けのテレビなどではなく、小さなラジオ局がホームレスのおっちゃんみたいに大活躍していた。
停電はアメリカ全土やカナダを覆いつくしていることや、復旧は明日になるだろうことを伝えた。
電池で動くCDプレイヤーやラジオから、鮮明に音楽が鳴り続けていた。
暗闇では音楽や言葉は強い力を持っていた。
音楽は甘く、言葉は初めての雪の上を踏みしめたように残る。
ぼくらのご先祖さんたちは「やみ」という字を門がまえに音と書いてあらわした。
明日には停電も終わり、普段の生活と違う時間も終わる。
それでも、この世の中の裂け目で一瞬見聞きしたものは、忘れることはない。
***
【語りその二:メキシコ人っぽい日本人・想像力】
旅をしていると違ったものだったり当たり前のことだったり、そのどっちもが面白い。
アイヌのおばあさんがカラスを呼んであげようかと言う。
雪の中を猫が歩く。
猫や鳥に国境はなく、自由に動き回る。
大昔のぼくらにも国境はなかった。
太平洋に浮かぶ島はみんな形が似ている。
見慣れた角度からぐるっと回すと見分けがつかない。
日本人にもメキシコ人みたいな顔の人がいる。特に男の人。
(そう言いながら後ろを振り向き、多分白根さんを見てニヤニヤする)
外国へ行って間違われた人もいるんじゃないか。
日本のむかいがわはメキシコで、昔はベーリング海峡がつながっていた。
国境がなかったころは人間も自由に行き来していたんだろう。
国境が出来てからも、暗闇に紛れて。
ぼくらのご先祖さんたちは何かのきっかけでたまたま日本に落ち着いたんだろう。
日本語はひらがな、カタカナ、漢字を使う。
じゃあ名前も三種類の書き方が出来るの?と外国の人にはびっくりされる。
そういう言葉はめったにない。
昔は数を「ひふみよ」と数えた。
「ひ」と「ふ」はは行。「み」と「む」はま行。「よ」と「や」はや行。
「いつ」は勢いがついた「つ」で、「つ」と「と」はた行。
3と6、4と8、5と10はつながりが深い。
たとえば三人家族は六個のものを買う。七個のものは買わない。
四人家族は八個のものを買う。七個のものは買わない。
そんな感じに。
ぼくらのご先祖さんはそんな風に数を捕らえていたらしい。
もしもそんな考え方で数学が作られていたら、今とは全然違ったかもしれない。
想像力っていうのはそんなことを考えさせてくれる。
もしもぶつかったとしても、想像力はそれを飛び越える。
猫や鳥のように。
***
【語りその三:それぞれの価値観・大衆音楽】
アメリカに大金持ちの友達がいる。
そいつはスニーカーは二回はいたら捨てちゃう。
いつでも箱から出したての「フレッシュな」ものがいいらしい。
そういう人から見るとぼくらは「うわー、あいつ先週と同じスニーカーはいてる。オシャレもできないくらいビンボーなんて、カワイソー」とか思われてる。
価値観っていうのは自分本位になる。
お金持ちの友達は「ビンボーな人はファーストクラスに乗れなくて、エコノミーなんかに詰め込まれてカワイソー」って言う。
でもエコノミーに乗る人は「飛行機に100万円もかけてバッカみてー。着くところはおんなじなのにさ」って言ったりする。
同じことが日本でも起きていて、貧しい国の映像を見て「うわー、スニーカー穴開いてる。カワイソー」って思ったりする。
それは毎週スニーカーを変える人が言ってることと同じだ。
中古のRX-7をかっこよくアレンジして乗ってる友達がいる。
その友達は「中古車って傷とか気にしなくていいし、おれこの車世界で一番すき」って言う。
日本で乗られなくなった車が、今もどこかで元気に走っているかもしれない。
車でも自転車でもバスでも、旅には音楽がつきものだ。
ちょっとずつ違っても言ってることはだいたい一緒で、ほとばしる熱い気持とか胸が張り裂けそうな悲しみとか(ここ曖昧)を歌っている。
国が違っても、どこにでもそれぞれの大衆音楽がある。
どこでも大衆音楽が流れ続けている。
ぼくはこの国の大衆音楽の一部になれて光栄です。
ありがとう。
***
【語りその四:自転車で目覚める日本人のアジア性】
今日本では安全がはやっているらしい。
セーフティーとかセキュリティーって言葉があふれている。
時間がたつと勝手に消えるコンロ。
子どもが空けられないチャイルドロックの自動車。
建築家の友達がお年寄り向けに安全を売りにした住宅を売りたいと言う。
だけど日本人は安全ボケしちゃって、危険を察知する能力がなくなって、危ないんじゃないかなって思う。
でも、日本人は何故か自転車に乗ると豹変する。
雨の中歩くぼくの傘の下をおばちゃんがすり抜けていく。
一方通行の道を次々と自転車が逆走する。
子どもを無造作にかごに乗せて猛スピードで走るから、転倒したら子どもは何メートルも飛んでいくだろう。
そして夜になれば、自転車の酔っ払い運転が始まる。
今言ったことは全部、ルールの国アメリカでは禁止されている。
自転車っていうと中国やベトナムを想像するかもしれないけれど、日本だって負けていない。
欧米化した日本人も自転車に乗るとアジアの血がよみがえるらしい。
「まあ死んじゃっても仕方ないよねー別に。夢が夢なら別にかまわないや」って思ってたりするのかもしれない。
この死を恐れない感じっていうのはとてもアジア的というか、ヒンズー的、仏教的な気がする。
キリスト教やイスラム教みたいな、死を恐れる感じとは違う。
アマゾンの奥地に歩く木があるんだって話をしたとしたら。
アメリカの人はそれを科学的に分析するだろう。
でも日本の人は「あー歩く木もあるかもねー」と言う。
***
【語りその五:笑い】
「アメリカの笑いって大味だよね」って言う人がいる。
「日本の笑いって外国の人には通じないよね、微妙だから」って言う人もいる。
笑いっていうのは一部の人が笑えるものの方が面白い。
スタンダップ・コメディっていうやつはそれぞれの国や人種にしか通じない、物凄く狭いところを狙っている。
ハリウッドの笑いっていうのはそれとは違って、全世界に通用しなきゃいけない。
だからみんなにわかる大味な笑いで作って、その中にちょっとだけ一部にしかわからない笑いを入れる。
人っていうのは「そこでしかわからない」ものだと、いつもより大きい声で笑える。
「あー分かるなーなんでか分かっちゃうんだよねー」っていう感覚。
そういう排他的なものなのだ(ここで「はいた」の発音に四苦八苦)
音楽にもそういうところがある。
なので、そういう「わかる人にはわか」ってにんまり出来る曲を作りました。
にんまりとして下さい。
にんまり、と。